脳脊髄液減少症
むち打ち症=≒脳脊髄液減少症
不定愁訴が主なので、これまで原因不明とされ、精神的なものとされることが多かったのです。
低髄液圧症候群の画像について
髄液の漏れにより脳や脊髄が下降して発症する従って症状は髄液の漏れの部位と一致しません
脳脊髄液減少症とはどのような病気か
脳脊髄液が増えて脳の中心にある脳室が拡大し歩行障害、尿失禁、痴呆症状を呈し、たまった脳脊髄液を手術で腹腔に導くことにより劇的に症状が改善する正常圧水頭症という病気は比較的知られています。反対に脳脊髄液が減少することにより様々な症状を呈する脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)は殆ど知られていません。
この病気が初めて報告されたのは1938年のことですが長いあいだ注目されずにいました。いまから15年くらい前に脳MRIで診断できるようになってから症例の報告が多くなりました。しかしながらきわめて稀な病気と認識されています。
現在知られているのは特発性低髄液圧症候群といって明らかな原因なしに立っているか座っていると激しい頭痛がして横になると改善し、腰椎穿刺で髄液圧を測定すると正常より低く、造影脳MRIを行うと脳を包んでいる硬膜が肥厚していることが特徴です。
これまでの報告は比較的急性期(発症して1ヶ月以内)が多いのですが慢性期の脳髄液減少症ははるかに多く、上に述べた3つの特徴がそろわないことが多いので見逃されている患者さんの数は膨大です。交通事故の後遺症ことに鞭打ち後遺症で苦しんでいる患者さんは数十万人に上ると推定されますが脳脊髄液減少症が多くふくまれていることがわかってきました。約7割の患者さんは適切な治療で症状が改善し仕事や日常生活が何とかできるように回復しています。また慢性疲労症候群や線維筋痛症といった難治性の病気と関連があることもわかってきました。
しかし、この疾患はまだ解明されていない部分が多く今後の研究により病態解明や治療法が進歩すると思われます。以下これまでにわかっていることを述べます。
脳脊髄液減少症を理解するための最小限の知識
脳や脊髄は無色透明な脳脊髄液で満たされています。脳脊髄液は脳室のなかにある特殊な構造をした脈絡叢という血管から作られクモ膜下腔を循環します。クモ膜は硬膜の内側にあるオブラートのように薄い膜です。
脳脊髄液の一日の産生量は約500mlで成人では180ml前後の髄液が溜まっており1日に3~4回入れかわっています。髄液は主に脳のてっぺんにあるクモ膜顆粒で吸収され静脈に戻ります。その他少量は脊髄神経根の静脈やリンパ管からも吸収されます。髄液は血液から作られ血液に戻っていきます。
髄液の役割は実のところよくわかっていません。ひとつ確かなことは脳や脊髄を衝撃から守るショックアブソーバーの役割です。そのほかにも脳や脊髄の機能を正常に保つ働きがあるといわれています。なお、髄という字は同じですが血液を作る骨髄とはまったく別です。
低髄液圧症候群と脳脊髄液減少症の関連は
前の項で特発性低髄液圧症候群について述べました。実際には髄液圧を測定すると必ずしも低くなく、慢性期では多くは正常圧内におさまっていることがわかりました。そこで低髄液圧症候群という病名は正しく病態を反映していないので脳脊髄液減少症という名称をひろめることになりました。この名称は米国の有名なメイヨークリニックの神経内科医であるモクリー教授が提唱しているものです。モクリー先生によると原因の不明な特発性低髄液圧症候群であっても軽微な外傷で起こるのが多いのではないかとのことです。
どのような症状を呈するか
脳脊髄液減少症の症状はきわめて多彩です。いわゆる不定愁訴がそれに相当します。いくつかの症状群に分けてみると、第一に痛みです。初期には起立性頭痛が特徴的です。起きていると頭痛が強く横になると治まる。ただし慢性期になると横になっても頭痛が治まらないことがしばしばです。頭痛の性質はさまざまで片頭痛タイプであったり緊張型頭痛であったり三叉神経痛様であったりします。多くは鎮痛剤の効果が乏しいようです。頭痛以外にも頚部痛、背部痛、腰痛、手足の痛みなどまさに痛みのデパートです。多くの患者さんは頚部、肩、背部の筋肉が石のように硬くなっています。
第二に脳神経症状です。もっとも症状が出やすいのは聴覚に関連した症状です。耳鳴り、聴覚過敏、めまい、ふらつきなどでメニエール病や特発性難聴と診断された患者さんも多くみられます。つぎに目に関連した症状です。ピントが合わない、光がまぶしい、視野に黒い点や光が飛ぶ、視力が急に低下した、物が2重に見えるなどの症状です。そのほか三叉神経が障害されると顔面痛、しびれ、歯痛、顎関節症になることがあります。顔面神経が障害されると能面のように無表情になる、顔面痙攣、唾液や涙が出にくいなどの症状がでます。そのほか嚥下障害、声が出にくい、味覚・嗅覚異常もみられます。
第三に自律神経症状です。自律神経のひとつである迷走神経は脳神経の一部ですがあえてここで述べます。微熱、体温調整障害、動悸、呼吸困難、胃腸障害、頻尿などの症状がでます。特に胃腸症状は迷走神経の機能異常が原因で胃食道逆流症、頑固な便秘が多くみられこれらの症状は治療阻害因子でもあり治療はしばしば難渋します。いわゆる更年期障害に症状が一致するのでそのように診断されることがしばしばです。
第四に高次脳機能障害があります。脳挫傷の後遺症としての高次脳機能障害ほど症状は強くないのですが、仕事や家庭生活を営むうえで大変不自由します。記憶障害の特徴はなにげなく話をした内容をわすれてしまうとか読んだ本の内容を覚えられないので読書ができないとか、忘れ物が多くなるなどです。ひどくなるとメモを取るまもなく数秒前のことを忘れてしまうこともあります。このほかに思考力、集中力が極度に低下してスムーズに仕事ができなくなることがあります。いつも頭がボーとしてもやがかかっているようだと訴えます、うつや無気力もよく見られる症状です。精神科や心療内科で治療を受けている患者さんがたくさんおられます。髄液が減少すると脳の機能とくに海馬や脳梁の機能が落ちるのだろうと推測しています。
第五に極度の倦怠感、易疲労感、睡眠障害、免疫異常により風邪をひきやすくなる、アトピーの悪化、内分泌機能異常として性欲低下、月経異常、子宮内膜症の悪化などの症状がでます。脳脊髄液減少症はひとつの症状のみを訴える患者さんは少なく、いくつかの症状が組み合わされるのが大部分です。見た目にはどこも悪くなさそうなので気のせいとかなまけ病とか言われることが多いのですが一旦この病気にかかると深刻です。まわりの人に理解してもらえない苦しみは病気の苦しみを倍増させます。
これらの症状にはある特徴がみられます。一つは天候に左右されることです。ことに気圧の変化に応じて症状が変化します。雨の降る前や台風の接近により頭痛、めまい、吐き気、だるさなどが悪化する傾向があります。体をおこしていると症状が悪化し横になると軽快する傾向もみられます。二つ目は脱水で症状が悪化することです。十分な水分が摂れないときや下痢、発熱時のような脱水状態で症状が悪化することが多く見られます。
どうして脳脊髄液が減少するのか
脳脊髄液が減少するメカニズムは3つ考えられます。ひとつは髄液の産生低下です。熱が高くなり十分に水分を補給しないと脱水状態になり脱水になると髄液産生が低下します。極端に水分を取らない患者さんで典型的な髄液減少症状を呈し、脳MRIでも髄液減少所見がみられ、1日1500mlの水分をとるようにしたら3ヶ月ですっかり症状がよくなった方がおられました。つぎに過剰な髄液吸収です。実際にこのようなことが起こっているのかはっきり確かめたことはありません。多くは髄液の漏出です。RI脳槽シンチで髄液の漏れを見ることができます。治療により漏れがとまることから脊髄レベルで髄液が漏れることは確かです。転倒して頭部を打撲しその後脳のクモ膜に裂け目ができて髄液が硬膜下に貯留することはよくみられます。脊髄レベルでも鞭打ち症のように比較的軽微は外傷でクモ膜に裂け目ができることは容易に想像できます。
鞭打ちの場合は一時的に髄液圧が急上昇し圧が津波のように下方に伝わって腰椎の神経根にもっとも強い圧がかかりクモ膜が裂けると考えられます。解剖学的神経根の部分でクモ膜と硬膜の間が疎な場合は神経根の硬膜末端から髄液が漏れるのではないかと考えています。この点に関しては今後の研究の成果を待ちたいと思いますがいずれにせよ髄液が硬膜外に漏れるのはまちがいないようです。漏れを引き起こす原因としては交通外傷、スポーツ外傷、転倒転落、出産などがあげられます。
ウエマツ自然療養センターの考え
上記のように、硬膜から髄液が漏れ出ることにより、さまざまな症状が出現することは事実のようです。
私どものセンターを受診する患者さんの多くは、病院で検査しても原因が分からず来院されるかたがほとんどで、この脳脊髄液減少症の症状と一致しております。
本当に漏れ出ているかは、病院に入院しRI脳槽シンチなどの検査で特定する必要がありますが、当センターでは硬膜の緊張・歪みを手技により発見し取り除く療法をおこなっております。
先日も、統合失調と診断され入退院を繰り返しており、仕事もできず困っていた患者さんが来院されました。
6年ほど前、屋根より転落し頭部打撲、頸部捻挫をした後、次第に調子が悪くなり体を動かすこともままならず、様々な検査をしましたが異常は発見されず、精神科のお世話になっていました。知人より紹介され当院を受診されました。
初検では、体全体の歪みがあり、特に頸部の歪みがひどく、可動性の制限がありました。心拍変動による、自律神経のバランス分析でもアンバランスが発見されました。
触診による硬膜の動きも大きく制限され、髄液の流れも悪くなっていました。
週2回ほどの治療を1か月続けると、頭がすっきりして体が楽になってきたとのことで、少しずつ仕事ができるほどに改善されました。これには本人はもちろん家族の方も驚いていました。6年もの間、ほぼ寝たきり状態の方が普通に仕事をできるようになってきたわけですからそれは驚きますよね!
ちょうどそのくらいの時期に、当センターを受診する前に「脳脊髄液減少症」の検査を国際医療福祉大学熱海病院に予約していましたので、入院して検査することになりました。本人はほぼ改善されているので、検査をキャンセルしようかと思ったそうですが、この際、いろいろ調べてみようということで入院検査を行いました。
検査の結果、脳脊髄液減少は認められなかったのですが、減少していた形跡がみられることから、今までの症状は脳脊髄液減少症の可能性が高いという診断でした。
そのときの主治医の話では、当センターでの治療で改善した可能性が高いという説明を受けたそうです。
退院後、週1回の治療を2か月ほど行いました。現在では再発することなく仕事を続けております。
この経験より、すべてではないのですが、「脳脊髄液減少症」を手技療法でも改善できると考えております。硬膜の歪みは、ある場所では緊張しある場所では弛緩してしまい、髄圧のコントロールが崩れ、場合によっては漏れ出てしまうのではないかと考えられます。
したがって、硬膜の歪みを取り除くことにより、髄圧が正常になれば髄液が漏れ出ることもなくなり治るものと想定されます。
今後、それを立証する必要があると思います。そして近い将来それらが多くの方に認められることを期待しております。
ウエマツ自然療養センター 代表 植松 誠二